なぜREAL IDが必要なのか:不法移民と免許証、911と空港セキュリティ

アメリカで REAL ID が導入された背景には、州ごとに異なる免許制度、移民政策の違い、911以前の緩い空港セキュリティなどが複雑に絡んでいます。現在は REAL ID を持っていなくても、TSA職員による追加質問で本人確認ができれば搭乗できる救済措置がありますが、その背景には制度移行の現実的な課題があります。本記事では、これらの流れを時系列とともに整理します。

カリフォルニア州が不法滞在者にも免許を発行してきた理由

アメリカの運転免許証は州の権限で発行されます。カリフォルニア州のような移民労働者が多い州では、交通安全や労働実態に合わせ、不法滞在者であっても免許が取得できる制度が長く運用されてきました。免許証はあくまで「運転の許可証」であり、身分証明としての厳格な要件は求められていませんでした。

ただし、社会的にはパスポートを持ち歩かない文化が根強く、免許証が事実上の身分証明書として広く使われてきたという現実があります。

911以前は免許証だけで空港を通れた

911以前の空港セキュリティは現在よりはるかに緩く、多くの空港で運転免許証のみで国内線の搭乗が可能でした。州ごとに発行基準が異なり、審査の緩い州で取得した免許証も本人確認書類として問題なく受け入れられていました。

しかし911後の捜査により、一部の実行犯が複数州で免許証や州IDを取得し、そのまま航空機に搭乗していたことが判明します。これにより、本人確認の脆弱性が国家安全保障上の重大問題として認識されました。

REAL ID Actの制定と基準の全国統一

2005年にREAL ID Actが制定され、州が発行する免許証やIDカードに対する連邦基準が初めて明確化されました。主な要件は以下です。

  • 有効な身分証明書の提示
  • 合法的な滞在資格の証明
  • 社会保障番号の確認
  • 住所の証明

これにより、従来の「州ごとに信頼性が異なる免許証」を、連邦政府が身分証として扱うことが難しくなり、運転免許証と身分証の役割分離が実質的に始まりました。

REAL IDの導入が進まなかった現実

理屈のうえでは、REAL IDを義務化するだけなら簡単です。しかし実際には次のような問題がありました。

  • 全米で数億人が免許の更新に殺到する大混乱が予想された
  • 州の発行体制がREAL ID基準に完全対応できるまで時間が必要だった
  • 高齢者、地方住民、住所不定者、ホームレスなどが書類を揃えられないケースが多数あった

特に「全ての市民にパスポート並みの書類を求めるのは現実的でない」という強い反発があり、REAL ID義務化の期限は何度も延期されています。

現在の救済策:追加質問で本人確認できれば搭乗可能

現在でも、REAL IDがなくても次の方法で搭乗できます。

  • TSA職員による追加質問(Identity Verification)
  • 公的記録と突き合わせて一致すれば本人確認OK
  • 有料化案として18ドル徴収の検討も公表済み

追加質問では、生年月日、住所、過去の住所、車の登録情報、投票区、公共料金の支払い履歴など、TSAが保持する外部データベースと照合できる範囲の情報が用いられます。

「生年月日と住所を答えられるならREAL IDはいらないのでは?」という疑問

たしかに、一見すると「質問に答えられるならREAL ID不要」と思えます。しかし、この救済策はあくまで例外措置であり、本来の本人確認基準としては以下の理由で不十分です。

  1. 照合は万能ではなく、外部データベースに記録がない人は確認できない
  2. 口頭確認は誤答や詐称のリスクが高い
  3. セキュリティラインが遅延し、混雑やトラブルの原因になる
  4. 職員の負担が大きく、空港側が恒久的に維持できない
  5. 移行期間限定の暫定措置であり、最終的には廃止する前提で設計されている

このため連邦政府は、救済措置を残しつつも、将来的にREAL IDを標準本人確認として定着させることを目指しています。

ではなぜいきなり厳格運用しなかったのか

極端に厳格な施行を避けた理由は次の通りです。

  • 数千万人が一度に足止めされる航空混乱が予想された
  • DMVの発行能力が追いつかない
  • 社会的弱者(高齢者・住所不定者)が影響を受けやすい
  • 連邦政府によるID強制に反対する政治的圧力

結果として、完全義務化ではなく、段階的な移行が採用されました。

まとめ

REAL IDは、911以前の緩い本人確認体制、移民政策による州ごとの差、免許証が身分証として広く使われてきた歴史を踏まえて導入されました。しかし、全国的な移行には膨大な人数と制度変更が必要であり、一気に強制すると社会的混乱が避けられません。そのため、現在でも追加質問による救済措置が残されており、有料化案も進行中です。

最終的には、運転許可証としての免許証と、本人確認書類としてのIDの役割を明確に分け、空港や連邦施設で統一基準の身分確認を行うことがREAL ID制度の目的となっています。

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