地方版20周年を記念して、2003年2月のコラムより、当時マーキュリーニュースに掲載されていた表題の記事の翻訳です。覚えている人いるかな?
南サンノゼのハイウェイ101に面する斜面に立てられた看板にはこんな手書きのメッセージが書かれている”George still loves Jill”
101で通勤するドライバの多くは仕事に疲れた毎日、オフィスの行き帰りの渋滞の中で Yerba Buena 出口付近のこのサインをみてあれこれと思いを巡らせる。 「ジョージって誰だ? ジルって? 新手の広告? どっかのだんなの謝罪?」
多くの人にとって謎につつまれたこのメッセージも、長引くハイテク不況で先行きが不安な人たちに小さな希望を与えていた。 それはサインのメッセージがただの「ジルを愛している」ではなく「いまでも変わらずジルを愛している」だったからかもしれない。
昔からこの道で通勤している人はこの看板のメッセージを見て、インターネットや携帯電話がまだブームになる以前の似たような看板のことを思い出したかもしれない。 まだホリスターが小さな田舎町だったあの頃の事を。 そう、10年前にも同じ看板にメッセージが書かれていたのだ。
当時28歳だった農家の息子ジョージはジルという女性に思いを寄せていたが、何度電話をかけても返事をくれない。 そこでなんとかジルの気を引こうと思い立ったジョージは、ジルが毎朝通る101から見える彼の家の敷地に大きな看板を立て、ペンキで「Geroge Loves Jill」というメッセージを記したのだった。
ジルはこの意外な告白に感動し、やがて二人は結婚することになったが、ジョージはジルへの思いが伝わった後も看板を通じて101のドライバー達にメッセージを送り続けた。 「Jill Said Yes. (ジルがプロポーズを受け入れてくれた!)」「Honeymoon in New Zealand. (新婚旅行はニュージーランド)」「Yabba Dabba Doo. Jill’s Expecting. (やったね! ジルがおめでただ!)」「It’s a Boy!(男の子がうまれました)」
毎朝看板のメッセージに見られる見ず知らずのジョージとジルの恋物語の展開を楽しみにしていたドライバーの中には、二人を励ますファンレターをフェンスに差し込んでいったり、結婚やこどもが生まれた際には農家のゲートに贈り物を置いてゆく人もあった。
しかし時は移り、二人目の女の子誕生のメッセージ「It’s a Girl!(女の子が生まれました)」が掲げられたころには、人々の心から二人の愛を見守る余裕は無くなり、いつしか笑い話のネタにされるようになっていた。 中には「She Wants a Divorce!(ジルが別れたがっている)」「She Got the Kids. I Got The Shaft!(彼女が子供を引き取った、ひどい仕打ちだ)」といった展開を望んでいる人もいるということが人づてにジルの耳にも入るようになった。
ジルは当時を思い出してこう語る「みんなきっと破局すると言ったわ。 看板にメッセージを書いてみんなに見せるのが間違いの始まりだって。」「パーフェクトなカップル、素敵な小さな家、かわいい子供、ときたらみんな悲惨な結末を期待してしまうのよ」
しかし、ジョージとジルは夢と希望に満ちた生活を送っていた。 ジョージは何事も演出にこだわる男でプロポーズには騎士の衣装で借りてきた馬に乗って求婚したり、バレンタインにはダイヤのイヤリング、テディーベアと水鉄砲をプレゼントした。
ジョージは家族の経営する40年も前からある昔ながらのピザ屋で働いていた。 ジーンズに野球帽で古びたピザ屋で働く彼は決してオシャレとは言えなかった。 当時シリコンバレーでは起業家やドットコムが彗星のようにきらめいていたが、彼にとってはまったく別次元の話だった。
堅い仕事を止め、輝かしいシリコンバレーの新会社に転職して行くジョージの友人達が羨ましく無いないわけではなかった。 そんな時ジョージはジルに「所詮、おれはしがないピザ屋さ」愚痴をこぼすのだった。
ハイテクバブルによる人手不足で、オシャレな高級レストランと違ってチップ収入も少ないピザ屋では従業員が集まらず、ジョージは自ら深夜のシフトに入り遅くまで残業し、深酒をするようになっていった。
ジョージは何度か看板に新しいメッセージを揚げることを考えたが、その都度何も書くべきことが無い今の自分に気が付き、看板は空白のままだった。
そしてまた時は立ち、ハイテクバブルは終わりピザ屋でも従業員が見つけられるようになると、ジョージは残業と酒を止め、また家族との夜を過ごすようになって行った。
ジョージとジルの周りではハイテクバブルに踊らされていた友人たちが、職を失ない、前より貧しい生活になり、離婚をしていった。
そうして101を走る車の数も減り、渋滞もおさまって来た頃、あの看板にまたメッセージが現れた。 最初はジョージのピザ屋の宣伝だったが、新しい年を迎えると看板には6年ぶりにジョージの個人的なメッセージが掲げられた「George Still Loves Jill.(ジョージはいまでもジルを愛している。)」そして、その2週間後、赤いペンキを手に古いはしごを登ったジョージは、太くはっきりとした文字でまた新しいメッセージを記した:「Expecting Yet Another Miracle.(また子供ができました)」
オリジナル記事 By Julia Prodis Sulek / San Jose Mercury News(訳:シリコンバレー地方版 編集長)
■■マーキュリーニュースの朝刊に載っていた記事なんですが、話自体の面白さもさることながら、記事を書いた人の物語のような表現力に感動し、どこまで伝えることができるか試しに全文を翻訳してみました。 やっぱり難しいものですね。 プロの翻訳家の方の苦労がわかりました。 「Expecting Yet Another Miracle」を文末に持ってきたことで、記者はジョージの子供が生まれると言うメッセージに一度衰退したシリコンバレーに対する「(信じていれば)奇跡はまた起きる」というメッセージを込めたのではないかと読めたのですが、私の力ではとてもそこまで訳すことはできませんでした。
