久しぶりの地方版取材、今日はサンノゼの1dollarscanさんにお邪魔してきました。
1dollarscanといえば、日本では本・蔵書電子書籍化サービスで有名なブックスキャン直系のUS一号店で、昨年8月にオープンしたばかりです。
このサービスは、自分が所有する本を送ると、本を裁断して1ページずつスキャナで取り込み、パソコンや電子ブックリーダーで読むことのできるPDFフォーマットに変換してくれるサービスです。
iPadやKindleなどが普及したことで新しい本は紙ではなく、電子書籍で購入して読むスタイルが普及してきましたが、すでに家にある本や、古い本で今後も電子化の予定が無い本などは、これまで通り紙で読むしかありませんでした。そこで、家庭用のスキャナを使って自分で本をスキャンし電子書籍化する、いわゆる「自炊」が一部の愛好家の間でブームとなりました。これに目をつけて、自炊代行を世界で最初にビジネスにしたのが、ブックスキャンです。
ブックスキャンが2010年の4月にサービスを開始した当初は、iPadの発売とも重なり大きな注目を浴びました。
膨らむ蔵書を捨てきれずに引っ越すたびに美人秘書から小言を言われていた編集長もこのサービスには当初から注目しており、海外からの発送では無駄に送料がかかってメリットが出ないことを歯がゆく感じていました。
そのブックスキャンがアメリカに進出すると聞いて、サービス開始を心待ちにしながらも、2つのことが気にかかっていました。
一つは、1冊100円というあのインパクトの強い価格設定をアメリカでも実現できるのか。
もう一つは、訴訟社会アメリカで著作権問題などでトラブルにならないのか。
という点です。
今回は、サンノゼで1dollarscanのサービスを運営するzLibro Inc.のPresident 中野浩司さんからご連絡を頂き、取材の運びとなりました。最初は、1dollarscanのサービスを現地の日本人にも知ってほしいと、地方版に紹介文の掲載をご依頼いただいたのですが、以前から興味を持っていた編集長、ここぞとばかりに飛びつき、押しかけて取材を行って来ました。
快く迎えて頂き、お忙しい中じっくり案内をしてくださった中野さんに感謝です。
1dollarscanはサンノゼにあるJETROのインキュベーションオフィスの一角に事務所を持っています。
ここで全米から毎日届く書籍を裁断しスキャンする作業を行なっています。編集長が取材に訪れた際にも、事務所の入口にはスーツケースに本を満載にして直接届けにきたユーザさんと出会いました。こちらのユーザさんは、月会費99ドルのプレミアム会員で毎月こうして大量の蔵書を持ち込まれてくるそうです。
ここで、1dollarscanさんの価格設定を紹介しましょう。基本は100ページが1セットで1ドル。
300ページまでの本なら、3セットで3ドルを支払うことで、送った本(送料ユーザ負担)をスキャンし、PDFを専用サーバーにアップロードしてくれます。ユーザの希望するリーダーデバイス
(iPad, Kindleなど)に最適化できる Fine Tune サービスは無料で提供されています。
ユーザは自分のアカウントにログインすることで、どこからでもこのファイルにアクセスが可能。
インターネット環境がない人にはDVDで納品のオプションもあります。というわけで、実際には1ドルでスキャンできるのは100ページまでですが、それでも普通の小説や実用書なら3ドル前後で電子化できます。これは、電子ブックリーダーで持ち歩くためにアマゾンなどから電子版を買い直すよりも安いし、自力でスキャンする手間を考えればかなり合理的です。
いつか読み直すかもしれない、もったい無い、と言った理由で本を処分できずにいた人にとっては格好のサービスでしょう。また、日常仕事で参照する必要があるがかさばるので会社に置きっぱなしにしている本や、旅先に持ってゆきたいガイドブックなども電子化してしまえば軽くて場所を取らず持ち運びに便利なだけでなく、OCR機能(文字認識)を利用することで検索ができるようになるメリットも見逃せません。日頃からパソコンを使っての情報収集に慣れてしまったせいで、紙に印刷された本が検索できない事にイライラした経験を持つ人は少なくないのではないでしょうか。
中野さんに、1dollarscanが米国でビジネスを開始するまでの成り行きをお伺いしました。
編集長(以下「編」)
「今日はお忙しい中ありがとうございます。まず中野さんがPresidentを務めるzLibro社、1dollarscan、ブックスキャンの関係について教えて下さい」
中野さん「zLibro社は私が米国の友人らとブックスキャンのサービスを米国で展開するために設立したアメリカの法人です。ブックスキャンからはノウハウの提供、人的・技術的な支援を受け、
米国で1dollarscanの名前でブックスキャンのサービスを提供しています。ブックスキャンのノウハウとビジネスモデルを受け継いでアメリカ市場に向けたサービスを展開しています。」
編「では、中野さんは元々ブックスキャンの社員だったわけではないのですね?」
中野さん「以前は商社系 SI に務め、シリコンバレーに駐在していました。その後、帰国し楽天に就職しましたが、シリコンバレー時代の友人からブックスキャンのビジネスの話しを持ちかけられ、共同出資してスタートしました。
当初は昨年の3月からサービスをスタートする予定で、法人も設立したのですが、震災などの影響で約半年遅れる結果となりました。
この期間を利用し、日本のブックスキャンでビジネスの流れを肌で学びました。現在も日本のブックスキャンのCOOも兼任しており、米国を含む世界展開を担当しています。」
編「1ドルからという低額のサービスではいかに低コストで量を裁くかがポイントになると思いますが、人件費などのコストの高いシリコンバレーでの起業は足枷になりませんか?」
中野さん「確かに、これからビジネスの規模が拡大していった場合、今のようなダウンタウンよりも家賃の安い郊外にウエアハウスを持つほうがリーズナブルになると思います。
しかし、スタートアップである現在はシリコンバレーという土地柄を最大限に利用し投資を集めたりビジネスパートナーを探してゆくことを優先しました。
また、現在はJETROさんのインキュベーションプランを利用させてもらっているのでオフィスの家賃が割安なのも助かっています。」
編「米国でのビジネスは順調ですか?黒字転換の見込みは?」
中野さん「日本でのスタート時の勢いには勝てませんが、売上も順調に伸びています。」
編「実際どれくらいのボリューム感ですか?」
中野さん「具体的な数字は言えませんが、毎日スキャナーをフル稼働させてオーダーに対応しています。」
編「どういったお客さんが多いですか?」
中野さん「全米のほぼ全ての州から注文を頂いています。これまでにForbesやTechCrunchなどで紹介されているので、そうしたメディアでサービスを知った方からのお問合せ、ご注文が多いですね。今はサービスを利用して満足して頂いたお客様からの口コミで広まった2次ユーザへ広まりつつある段階ですが、書籍の種類としては、医学書、法学書、テキストブックなどが多いですね。」
編「米国では、ブックスキャンではなくワンダラースキャンにしたのですね?」
中野さん「格安のサービスであることを印象づける名前にしたいと考え、1dollarscanにしました。」
編「日本では、出版社や著作者から私的複製の範囲を超えるのでは無いかと訴えがあったり、何かと法的解釈面でも注目されていますが、訴訟社会本場のアメリカで前例の少ないビジネスを始めるのは怖くありませんでしたか?」
中野さん「実は日本でも皆さんがマスコミの報道などから印象を受けるほどには問題になっていないんですよ。出版社と作家の皆さんが連名で同様のサービスをする会社に一斉に公開質問状を送った際にも、ブックスキャンは直ちに対応しています。公開質問状は、著作権を持つ作家がサービスの停止を希望した場合はすぐにスキャンを止めるかという内容で、これに対してブックスキャンはYESと答えました。NOと答えたり回答しなかった会社は追求を受けていますが、ブックスキャンに対してはそれ以上の申立は今のところありません。」
編「でも、実際に自分の本はスキャンしないでくれと言った作家の本をより分ける作業は大変ですよね?」
中野さん「実は作家からそのような申し出があったケースはとても少ないんです。それでも、ブックスキャンではユーザから本が送られた段階でバーコードをスキャンし、該当する作家の本であればその時点でスキャンに回さずにお客様に返却するシステムを作って徹底しています。」
ー 実際にこのシステムを見せて頂きましたが、iPhoneのカメラに本のバーコードをかざすだけで、瞬時にスキャンNGの本なのかどうかを判定してくれます。
編「アメリカだと、立ち上げ時に叩くよりも、ある程度儲かってから一気に莫大な損害賠償を請求してくるケースがありそうですね。」
中野さん「そうですね。でも、日本以上にアメリカでは個人の購入した所有物のフェアユースという概念が浸透しているため、お客様からお預かりした本をスキャンして、お客様には本をお返ししないという原則を守っている限り法的問題にはならないと解釈しています。実際には、お預かりした本は裁断しスキャンした後に処分しているので、複製ではなくメディアの変換作業にあたります。とは言っても、何があるかわからないので法律問題については常に専門の弁護士さんに相談しています。」
編「確かに、本をスキャンして電子化するという行為だけなら、だれにも損害は与えませんし、逆に本を大事にして手元に置いておきたいという行為ですから作家は喜ぶべきですよね。問題は電子化されたデータが悪意のある人によって複製され、アンダーグラウンドで流通し、正規に購買する読者が減るという可能性ですが、それは代行サービスを吊るし上げた所で、個人でもできることだし、悪意があって金儲けをしようという人ならそもそも自力でやってしまいますね。
また、紙のコピー機を使っても同じことができるわけで、スキャン代行だけを目の敵にするのはおかしいですよね。」
編「アメリカでは競合やキャットコピーのサービスは出ていませんか」
中野さん「正直物足りないくらいです。まだ、個人の蔵書をスキャンして電子化するというサービス自体の認知が少ないので、競合が増えて潜在需要を掘り起こしてくれる事を期待しているのですが、思ったほど出てきていません。低価格で品質の高いサービスを提供できることにはどこにも負けない自信がありますので、むしろ競合は歓迎します。一緒にマーケットを広げてゆきたいと思っています。」
ここで、本をスキャンする工程を実際に見学させていただきました。
まず、ユーザから送られた本はここで入荷チェックを受けます。
本に何か挟んであったり、ページの角が折ってあったりする場合はここでスキャン前の準備がなされ、お客様ごとにオーダーコードが割り振られます。
オーダーコード別にトレイに入れられた本はここから、裁断の工程に移ります。裁断の工程では、それぞれの本の装丁と印刷にあわせて最適な厚さで背表紙をカットします。
利用されている裁断機は専用機で厚さ最大2.5インチまでの本が一刀で真っ直ぐにカットされます。
背表紙をカットされた本は紙の束となり、スキャンの工程に回されます。現在サンノゼの1dollarscanのオフィスでは2台の専用スキャナがフル稼働しています。こちらのスキャナは日本のブックスキャンでも使われている日本定価200万円ほどの専用機で、毎分100枚をスキャンする超高速スキャナです。実は、このスキャナにはメーカーでも想定しなかったほどのブックスキャンでのフル稼働から得られた現場の要望がフィードバックされており、ブックスキャン専用のパーツやファームウエアが用意されているそうです。
見学中にスキャナーを操作している方が、スキャンごとにエアダスターや専用クロスで丁寧にメンテナンスしながら使われている様子に機械への愛を感じました。
各工程にはiPadが置かれ、どのオーダーが現在どの段階にあり、後どれくらいの作業が各工程に残っているのかが一目でわかるような仕組みになっていました。また、お客様に約束した納期に対して、あと何日の余裕があるかもリアルタイムに表示されるため、優先順位を考えながら効率良く作業が進められるようになっています。
なんと驚くことにこうした管理システムは日本のブックスキャンがサービスをスタートした3ヶ月後にはすでに現在の形に近いものが出来上がっており、その後もファウンダーが自らプログラムを作成、改善し常に使いやすく効率のよいシステムを追求されているのです。
この管理システムは、今でも「こんな機能があれば便利なのに」と提案すると翌日には実現されているというスピード感で進化し続けているそうです。
ブックスキャン/1dollarscanが開拓者でありながら、後発を寄せ付けず現在では120社を超える同業他社がしのぎを削る中、業界トップ独走を続けていられるのは、この徹底した合理化、急成長を見据えたスケーラブルなシステムを最初から構築していた先見性にあるのではないかと思いました。
一つの物を徹底的に合理化し、美しいほどに最適化する技術は昔から続く「ものづくり日本の」の、世界で通用する財産だと思います。ブックスキャン/1dollarscanはこれを上手に活かしてアメリカで勝負しているという点で、ウエブサービスやスマホアプリといった他人の土俵で勝負している他の日系スタートアップより将来性があると感じました。
倉庫に置かれていたお客さんから送られた本を見ると、普通の小説や実用書に混ざって、変色してボロボロになった古い本やマニアには貴重そうな当時のスター・トレックの画集など、裁断してスキャンすることが苦渋の決断だったと思われる思い入れの深そうな本も見受けられました。それでも、今後ページを紐解く度に劣化は避けられず、万が一火事にでも会えば二度と読めなくなってしまう本を、形ある今のうちに電子化して永久保存しようと決めるにはどんな心の葛藤があったのだろうと想像してしまいます。
自宅にある捨てられない蔵書や、持ち歩いて検索して参照したい本や辞典などをiPhone, iPad, Kindleで持ち運べてどこでも読める電子書籍に変換してみたい人、サンノゼにある1dollarscanさんなら日本語も通じるし、なにより日本人スタッフによる丁寧なサービスで安心です。また、日本の書籍を日本のアマゾンにオーダーし、日本のブックスキャン宛に配達することで、格安で日本の本が読めるサービスも利用可能です。
是非、ご利用してみてください。
さて、一応社員食堂訪問レポート枠なので、「社員(さんがよく利用する)食堂」と拡大解釈した上で、中野さんが普段利用しているというオフィスの近くのベトナム料理店 A&K Noodle Houseを訪れました。ここでは、中野さんオススメのCombination Egg Noodle Large ($7.55)を頂きました。レタスとネギが大量に入ったスープに、二種類の肉団子とエビ、レバーなどの具の入ったエッグヌードルのPhoで、ボリューム満点。スープも濃すぎず美味しく頂きました。
と、いうわけで、社員食堂のあるシリコンバレーの企業が底をついてきたので、「社員食堂」を拡大解釈して編集長が興味のある会社をスタートアップから三ちゃんビジネスまで幅広く取材してゆく方向に軌道修正しました。おもしろい会社、「社員(さんがよく利用する)食堂」があったら、教えてください。お待ちしています。