バーニングマン40年、サンフランシスコ発の芸術文化がネバダ砂漠とシリコンバレーに広がる

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バーニングマンが今年で40周年を迎えた。開催地は長年ネバダ州の砂漠だが、主催団体のBurning Man Projectはサンフランシスコに拠点を置き、同イベントはサンフランシスコ中心の色彩を持つと記事は伝えた。ベイエリア在住のジェイコブ・ハンショーは、代替的な「告白」に使えるアールヌーヴォー風のサーカスの馬車を制作していると説明し、告白する側にも許す側にもなれるという。

バーニングマンは1986年、ラリー・ハーベイがサンフランシスコのベイカー・ビーチで友人らと木製の人型を燃やしたことから始まった。Burning Man Projectのアートディレクター、ケイティ・ハザードは、火には人を魅了する要素があると述べた。現在も人型を燃やす儀式は、ネバダ州で毎年9日間開かれるブラックロックシティの中心的行事となっている。

参加者は電気や水道、道路のないリノ北方の乾いた湖底で毎年街を一から作る。90年代半ばに初参加し、現在はBurning Man ProjectのCEOを務めるマリアン・グッデルは、日常からの逃避になったとし、仕事上の立場ではなく創造的な人間として他者と協働する機会になると語った。ハンショーはグーグルのエンジニアとして働く一方、バーニングマンではアーティストとして活動しているという。

ブラックロックシティには例年約400点の彫刻が設置され、高さ80フィートに達する作品もある。ハザードは、作品は主にコミュニティが担っていると説明した。Burning Man Projectは毎年$1.5 millionのアート助成を行い、ブラックロックシティ向けに年約75作品を支援しており、寺院(temple)も含まれる。人型の焼却が週の最高潮とされる一方、日曜夜には寺院の焼却もあり、グッデルは、寺院には友人や家族などの思い出の品が持ち込まれ、より厳粛な場になると述べた。

ブラックロックシティは砂嵐や豪雨による泥の問題などに直面してきた。また、マーク・ザッカーバーグら富裕層がヘリで到着したり、私設の料理人や設営要員を雇ったり、ゲート付き空間を設けたりすることへの批判も一部にあるという。グッデルは、10原則の一つである「急進的な包摂」は誰でも歓迎する考え方だと述べた。記事は、シリコンバレーがバーニングマンに引き寄せられてきたとし、グーグル創業者が90年代半ばに参加したことや、イーロン・マスクが2004年の訪問がSolarCity支援の着想になったと主張し「バーニングマンはシリコンバレーだ」と述べたことを伝えた。

バーニングマンの影響は公共空間のアートにも及んでいる。アーティストのレオ・ビラレアルは、夜間に光る作品に触発され、ベイブリッジのライトインスタレーションを制作したという。サンフランシスコには、2015年の巨大な女性像がフェリービルディング前に立つ例を含め、Golden Gate ParkのNaga、Pier 13のCorpus、Pier 45のDesert Shark、Embarcadero PlazaのR-Evolutionなど複数の作品がある。これらはサンフランシスコ各地に大型公共アートを置く取り組み「Big Art Loop」の一部とされる。グッデルは、バーニングマンはサンフランシスコのボヘミアンなカフェ文化やビートニク、ヒッピーの精神に根を持つと述べ、世界では100を超える地域版イベントがあると記事は伝えた。

出典: abc7news.com: Burning Man turns 40: How the counterculture festival has stayed true to its San Francisco roots

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