筆者はサンタクララのBenton Street最終区画で育ち、Calabazas Creekの向こう側にNapredak Yugo Slav Social Club Hallがあったと記している。土曜の教理問答のためにHomestead RoadのSt. Justin’s Catholic Churchに通い、授業後にMariposa Shopping CenterのStan’s Donutsへ行き、温かい大きな揚げドーナツを食べたとしている。
同じMariposa Shopping CenterのSafewayでは、Rolloのキャラメルとチョコレートのチューや、6片に割れるHershey’s Semi-Sweetのチョコレートバーを好んで買ったと述べている。家庭では、母親がSee’s CandyのRocky Roadを好み、筆者は毎年Mother’s Dayにそれを買ったという。父親はMilky WayとThree Musketeersを好み、冷凍庫で保存して夕食後に切り分けて家族で分け合い、デザートとして締めくくることを求めたとしている。
寒く雨の夜にはホットのOvaltineを飲むことがあり、当時は粉末ではなく顆粒で、溶け残った顆粒をすするのが楽しみだったと書いている。市販品以外の菓子として、6月に家族でCupertinoのHomestead RoadにあるAunt Jean宅へ行き、周囲の果樹園で採った熟したアプリコットを紙袋に詰めて持ち帰ったという。母親はそのアプリコットでアプリコットパイを30枚作り、ガレージの直立型冷凍庫で保存し、週に2回か3回、2カ月にわたり夕食後のデザートとして1人1切れずつ食べたとしている。
年齢が上がってからは、Curtis Middle School近くのPomeroy Ave.に住む学友と自転車でFranklin MallのSwenson’s Ice Cream Parlorへ行き、Thin Mintのアイスクリームを食べたと回想している。さらにNapredak Hallでの夏の日々として、曾祖母のPovatica(Potica)、apple strudel、Orenacha、cream puffs(Krofi)を食べたと記している。
出典: svvoice.com: Mission City Voices: Childhood Sweet Eats in Santa Clara

